春原日記~my diary~

黙っていても、仕方がない・・・

人生はいろんな事があって、幸せな毎日が続くのかと思ったら、突如どん底なんてあるんだなあと感じながら、ブログでこの事を黙っていたら、全然話が進まないので、書いちゃうことにしました。
重々なので、読見たくない人は、ここでやめちゃってください。

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それは10月6日の事です。
妹が第2子を10月2日に産んだので、姪の春海の面倒もあるので、私も実家に帰っていました。
その日は雨で、春海は大好きな自転車を外で乗ることが出来ず、家の中で自転車に乗って、でも不満顔でした。
だからちょっと前に買った鍵付きの手帳の鍵をなくしてはいけないと、ジジに鍵をなくさないように、手帳に結んでもらおうと、春海と話し合って、ご機嫌取りをしました。
春海は4才で、ママも病院で、生まれて初めて、ママと離れて毎日眠っているので、ストレスがたまっているから、ご機嫌もななめなのでしょう。

父に凧糸で結んでと私が頼みました。父は凧糸とはさみを持って戻ってきました。
その時です。父が置いてあった自転車につっかかって後ろの壁に倒れました。

うちの父は、首に病気を持っていて、首の骨の第2頸骨から全部固まってくっついてしまっているのです。つまり骨と骨の間のクッションがつぶれてしまって、骨がくっついてしまい、首を回すことも動かすこともできないのです。
だからそんな父がころんだら、「死」というのが、私たちが小さい頃からの常識でした。

私と春海は父が倒れる瞬間を見ていました。私は飛んで行って、自転車をどかし、父が何かいいたそうだったので聞いてみましたが、口からはもう空気が出ていません。壁の角に頭をぶつけたようでした。119番をしながら、父をどうしたらいいのか考えました。

でもあっという間に、顔から血の気がひきました。父の気道を確保するには、首を折らないとできません。父の首をキ-プしながら、気道確保はまず無理です。呼吸停止、そして脈もふれなくなりました。私一人では(母は春海を抱いて、動揺して泣いていました)、父を動かすことも出来ないので、前の消防署から消防員を借りるようおねがいしました。首のことを説明して、とりあえず、部屋に戻り財布をとり、保険証と診察券をもらい、救急車に乗り込み、ここの辺りで一番大きい聖マリアンナ医科大学病院へいきました。

酸素を補充しながら、心臓マッサ-ジをしてくれ、血圧をはかったり、あっという間の病院でした。
受付で名前を書いて、妹も同じ病院に入院していたので、妹にもこのことを伝えてくださいと頼みました。

うちは妹夫婦は循環器医と看護師です。妹が来てくれたら、相談が出来ます。妹の旦那様は母と春海を連れて、後から来ました。

妹と私はふたりあきらめました。父は死ぬのだと覚悟しました。

夜7時前に事故が起きて、夜11時になってもまだ医師から説明がきませんでした。

父は意識がなく(一番最低)、でも足を動かしたりする。もし脊椎損傷でも、何故今意識がないのか分からない。原因不明、というのが医師の答えでした。

とりあえず救命のICUに入院しました。
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by ellie9889 | 2006-10-26 23:44 | ひとりごと・・・
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